出水市は鹿児島県北端にあり、熊本県水俣市に隣接しています。何といっても鶴の渡来地として有名で、冬場毎年1万数千羽の鶴がやってきます。また県下最大の規模を誇る麓武家屋敷群もあります。特攻碑公園と東光山公園は桜の名所で、毎年多くの市民で賑わいます。
文化会館横の米ノ津川には上知識橋から六月田橋までの往復4Kmの遊歩道が整備されています。私も2014年6月からほぼ毎日ここで散歩しています。日々、季節により表情を変える道での散歩は一日のスタートとして無くてはならないものになっています。
出水には毎年10月から3月頃まで、シベリアから1万数千羽の鶴が越冬のため訪れます。場所は出水北部の海の近く「荒崎」というところです。広大な田圃をこの時期だけ市が借り上げ、鶴のねぐらとしています。朝になると、ここから出水各地の田圃に餌を探しに飛びたっていきます。出水ではあちこちの田圃で餌を食べている鶴の親子やグループ(数羽~10羽)を見ることができます。ちなみに鶴は一度カップルになると死ぬまで添い遂げるということです。そして餌を探しに行く時なども必ず一緒に行動します。人間とは違いますね。
東光山は出水の東部にある小高い山で、頂上付近には桜がたくさん植えられている「東光山公園」があり、出水で一番の桜の名所となっています。そして、ご覧のように出水市街地や長島、天草方面も一望できる場所でもあります。
桜満開の東光山から望む出水平野 中央の上に見えるのは阿久根の笠山 その向こうは長島
出水には戦争中、航空基地がありました。現在のゴルフ場を中心とところにあったようです。ここから、知覧や鹿屋の基地と同じように特攻隊が出撃していきました。現在、基地の一部が「特攻碑公園」となっていて、桜の名所となっています。(詳細は下の看板説明文参照)
阿川弘之の小説「雲の墓標」は、作者がここ出水の基地で訓練していた実話をもとにした小説でしたが、訓練の様子や、休みの時は水俣に遊びに行ったというようなことも書かれていました。
「雲こそ我が墓標」という碑はこの小説にちなんで建てられたのでしょう。
現在の写真と出水基地の配置図(想像図) 白文字は現在の施設名 黄文字は当時の施設名
当時の実際の航空写真(公園の看板より)と現在の地図の対比
特攻碑の説明看板
特攻碑桜まつり 2012年4月1日

特攻碑公園の桜
雲の墓標の碑
海中から引き揚げられた戦闘機のエンジン
特攻碑公園の桜
防空壕

衛兵塔

気象観測所

特攻隊員像

特攻で散った全員の英霊が刻まれた鎮魂碑(表)

特攻で散った英霊の鎮魂碑(裏)

記念碑の周り 桜が終わって八重桜が咲いていました

桜が終わった特攻碑公園

観光牛車

公開武家屋敷 竹添邸の門
公開武家屋敷 竹添邸の庭
X形の木組みは薩摩の剣術「示現流」の稽古用のものです
竹添邸の牛小屋 NHK大河ドラマ「篤姫」の撮影がありました
公開武家屋敷 竹添邸 風呂場
公開武家屋敷 税所邸 門
公開武家屋敷 税所邸 看板
公開武家屋敷 税所邸 内部
公開武家屋敷 税所邸 内部から庭を望む
宮路邸 NHK大河ドラマ「篤姫」のロケが行われたところです。高橋秀樹扮する「島津斉彬」が屋敷に帰ってくるシーンで使われました。
出水小学校の正門 御仮屋門
出水小学校前の道路 右側一帯に武家屋敷群があります
出水兵児修養掟は,江戸時代後期に,その頃の青少年をたくましく育てるために作られたといわれています。

2015-10-17の上場高原のコスモス園です。広大な敷地に数十万本のコスモスが植えられています。この日は雲一つない青空で例年以上に綺麗に咲いていました。ミツバチもたくさん飛び回って蜜を集めていました。
コスモス園 から水俣方面を望む。中央のとがった山は「鬼岳」
ミツバチとコスモス

ミツバチとコスモス

出水 本町に2015-9-19にオープンした ピアノバー「夢咲」でのジャズライブの模様です。ピアノ演奏や、ギター弾き語り、小編成のバンドなどのライブを毎日行っています。昼間はカフェでコーヒーなどの飲み物や軽食もあります。
鹿児島国民文化祭の一環で出水市各地で行われた、竹灯篭を置いて点火する「マチテラス」です。10月30~31日に行われます。